歳を取るにつれて考えかたに変化を感じることがあります。
それは何か不幸なことや心配事が起きた場合、まずマイナス方向に考える傾向があるようです。
そういう私もその一人のように感じています。
どうしてそうなるのでしょうか?
その人の性格やリスク管理といった点から、マイナス面から見ていっているのかもしれませんが、最近思うのは、前述したようにやはり年齢のせいでしょうか。
歳を取るにつれて色々なことを経験し、多くの情報を持っていますから、それが積もり積もって、まず先に良い方向を考えられなくしているのかもしれませんね。
しかし、人生はプラス思考のほうが楽しいですよね。
ですから、私は何か心配事や不幸が起きたときは次のように考えるようにしています。
自分が純粋な心をもち、相手側の幸せや利益を考えて間違いなく正しいと思ったことを行ったにもかかわらず、悪いこと、たとえば失敗・不幸・災難や裏切りなどが降りかかってきたとしたら、それはきっと神がその時点において私に与えるべき試練としてそれを引き起こしたのだろうと、やや運命論者的な考えをするようにしています。
生命を与えたからには、きっと社会に役立ち、楽しい人生を味わってもらいたいとの願いでしょうから、こんなことで自分が沈んでしまって不幸せになるようなことにはならないに違いない。
この苦しさを乗り越えて行くだけの力を、私に与えてくれているのだろうと信じています。
ですから、正しく生きて頑張っていれば何とかなると考えるようにしています。
つまり、プラス思考こそが私にとっての救い要諦なのです。
今自分にふりかかっている苦難、それ自体はひょっとしたら何も苦難でないのかもしれません。
これを苦難と感じさせている自分がいけないのかもしれないと・・・。
人生は一度限りです。
苦しく考えながら生きる時間も、楽しく考えながら生きる時間も、同じ時間を使うのですからやはり楽しく生きなくてはと思うのです。
そのためにはプラス思考は欠かすことのできないものであり、生命を持ったものの中でも人間だからなせる技とも言えるのでないでしょうか。
そして、このように考えるかどうかは自分次第なのです。