ピュア・メディカル社長ブログ『HIROの自分が変われば世界が変わる』

「個」への移行

2016.09.30

最近、ニュースを聞いたり町を歩きながら特に感じることがあります。

それは世の中が「個」に移ろうとしているのではないかと・・・。

例えば、国の動きといった面から見ると、中国は自分勝手な解釈で南シナ海に軍事基地を造ろうとしています。

イギリスはヨーロッパ連合の枠から抜け出して、自分の国益を優先しています。

アメリカの大統領選では、トランプ氏が心のおもむくままに好き勝手なことを述べています。

彼の話の中には擬態的な方策などありはしません。

道路を歩けばスマホに心を吸い取られてでもいるかのように、頭も上げずにじっと画面を見ながらゆっくりと若者が歩いています。

公園ならまだしも、歩道でも、横断歩道でも、エレベーターでも、更には駅の階段でもです。

他にも歩道を横に占領して歩く若者たち、一体どうなっているのでしょうか?

子供達の世界に目を向ければ、いじめが起きています。

自分にとって、ただ気に食わなかったやつだから、あるいはいじめたりからかったりするのが面白かったからということだけで、相手を死にまで追い詰める行為にまでエスカレートするのですから異常です。

東京の築地市場を新たに豊洲に移転させようとしたら、市場の建屋の下に盛り土を行っていなかった事件も同様です。

これは設計部がいけないのか、土木部がいけないのか、それとも他の部署がいけないのか、今だに責任の所在が全くはっきりされていません。

責任者は「知らなかった、聞いていなかった」の返事だけ。

これって、どういうことでしょうか? こういった回答をすれば責任がないとでも思っているのでしょうか?

私には理解できません。

私が上司であったら「知らなかった」で回答になっていると思うか!と問いただしますがね。

今回の都庁関係者の対応で、都庁への世間の信頼はゼロとなったといっていいでしょう。

彼らには連携意識などは全くなく、単に自分の与えられたことにしか目が向かない単細胞生物としか私には思えません。

こういった色々な問題が全て「個」という言葉に集約されているように思うのですがいかがでしょうか?

昔は周りで困った人がいたら皆で助けあう心がありました。

おいしいものが手に入れば皆で分けあっていました。

外出するために子供の世話ができなければ、隣のおばちゃんが預かって面倒を見てくれました。

経済的に豊かではなかった時代ですが、皆の心はとても豊かで幸せでした。

そういった連帯感がなくなってきた今の時代です。

何か世の中が違うところに向かっているような気がします。

それはきっと人間性が変わってきているからなのでしょう。

その原因は、社会のモラルを子孫へ教える事をしなくなったからではないのでしょうか?

やはりそれは大人に責任があります。

人を傷つけてはいけない、人のものを奪ってはいけない、人の才能を伸ばすことを応援する、相手の気持ちを考えろ、人には感謝をしろ。

こういった当たり前のことを私たちが一人ひとり守るだけで、世の中は大きく変わるのではないでしょうか?

世の中を変えるのは決して技術や経済だけではないはずです。

もっと身近で、それもお金も技術も力も必要としない人としての当然の生き方(心のあり方とでもいうのでしょうか)で、かなりのことが出来るのではないでしょうか?

最近、いつもこんなことを考えています。

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