サプリメントの開発をしながら思う事は、やはり「痴呆症」に対して何かお手伝いできないかということです。
以前にも書いたように、人の記憶というのはその方の宝です。
それもかけがえのない宝です。
そして、その価値はその人にしかわかりません。
また、どれほどの量あるのかも自分にも他の人にもわかりません。
そういったかけがいのない宝を、病のために失ってしまうのは何とも言えない悲しさがあります。
痴呆症の場合は最近の出来事や、今さっきやった直前の行動を覚えていませんが、過去の記憶はしっかりと残っていることがあります。
それも概して嫌な事を覚えているようですが、これは忘れてもらっていい事かもしれませんね。
このように「記憶」というととかく、覚えておく方がよいように思われますが、私はむしろ覚えておくことよりも、忘れる方が今の世の中(ストレス社会)ではよいのではないのかと思ったりもしています。
無論、絶対に覚えておかなければいけないことは人間として「借金、人を傷つける行為、そして人からの援助」です。
あとは極端な話、忘れてもいいかもしれません。
私は会議などで記憶しておかねばならないことは、社員にそれを覚えておいてもらうようにします。
無論、社長として覚えておかねばならないことは、しっかりと覚えておきます。
また自分の生活においても忘れる事をとても大事にしています。
特に悪い出来事にはそうするようにしています。
ただし、その出来事が将来に価値を生むような事であれば覚えておきますが、それ以外は忘れるように心掛けています。
特に人に騙されたり、裏切られたりした時には一生懸命忘れるようにします。
それは、いつまでも、相手方に恨みをもったりすると、自分が腐っていくと考えているからです。
そして自分に言い聞かせます。
「そのように恨んでばっかりいると体がどんどん腐るぞ。そして臭い体臭が出だすぞ!何故、お前は相手の事を恨むことによって、自分の体を腐らせてしまうのだ。そんなことはもったいないではないか。自分の事でなく他人の事を考えることで自分の体を腐らすのはもうよしなさい!一刻も早く。 また、人というものは非常に弱い生き物だ。今回嫌な事が前に起きたのは相手が自分を守りたくておこしたのだろう・・・。まあ、許さなくてもいいから、その事は早く忘れろ。楽しく過ごしても1日、恨みを持っても1日。同じ一日を過ごすなら、やはり、楽しく過ごそうではないか。」
まぁこういった具合に考え、嫌な事は忘れるように努力しています。
そしてだまされたりした自分に対しても、嫌になることもありません。
自分には「それがお前なのだ。加藤裕彦だよ。今回の件で人に迷惑を与えたわけではないのだからよかったではないか。」といったように言い聞かせています。
過ぎ去ったことを考えるより、明日の事、未來の事を考え自分を励まします。
そのように私が考えるのは自分自身をとても好きだからだと思っています。
私は自分が好きでないと人生は楽しくないと思います。
もし皆さんがくじけることや、憤慨した時などあった時は、前述のように考えてみてください。
きっと気分が変わると思いますよ。