ピュア・メディカル社長ブログ『HIROの自分が変われば世界が変わる』

風邪にはユーカリ油を。

2007.09.28

季節の変わり目には風邪をひき易くなりますね。電車に乗っても、映画を観みにいってもゴホンゴホンと咳がきこえます。

満員電車の中、やっと席に座れたと思ったら、自分の前の吊り輪にぶら下がっている人が、咳などし始めるという事がありますよね。

「私の目の前で、咳をしないで!今まで咳などしていなかったのに、何で私が座ったとたんにするの!あっちに行ってよ!」という経験がある方もいらっしゃるでしょう。

そこで、皆さん一つアドバイス。

ハーブ油の一つに「ユーカリ油」がありますよね。これ、殺菌力とリラックス効果があります。

そこで、もし風邪をひいてマスクをする事があった時はティッシュに少しのユーカリ油をたらしてマスクに入れておくといいですよ。マスクの中の殺菌効果と清潔感が漂いますから、気持ちもスッキリします。

そして寝るときも同様に、枕の横に油をたらしたティッシュを置いておくと部屋中がさわやかで殺菌も行えますからね。

ぜひ、お試しあれ!!

教育とは何か?

2007.09.21

教育とは何か?

何のために教育するのか?何のために学校に行くのか?いい学校を出るとどのようになるか?

今の日本の教育はどの点をみてもおかしい気がしています。

これでは世界に勝てる日本ができるはずがない。

今やゲームやサイバー社会で育っている子供たちを、マンガで育った大人が教えるのは無理でしょうし、ましてや大学を卒業して社会も知らず先生になった人達に何が教えられるのでしょうか?

先生たちに子供たちをどのように育てていくべきか?

といった意識が強くないのも一つの問題なのかもしれませんが、先生は教育委員会の方針に従うわけですから、先生を責めるわけにもいかない。

やはり、しっかりした教育再生方針を国が決めなければいけないわけですが、国もおかどちがいの方針を立てているように思います。

日本人はその国民性・風土から「和して栄える」を信条として育ってきました。

これはやはり島国であり、単一民族だからできた事なのでしょう。

しかし、今の時代は違い「争いて栄える」の時代となっているです。

今までの工業生産性をあげることで栄えてきた日本は、あくまでも平均化を求めてきました。学校でも成績の悪かった子を残して特別授業などを行ってきました。

でも、このような平均化された人が多く生まれた後はどうなるのでしょうか?日本経済は伸びていく事ができるのでしょうか?

伸びてはいかないでしょう。

やがて、そのような平均化された仕事は人件費の安い中国やフィリピンに仕事が移っていくことでしょう。

これが世界経済です。そして、その仕事内容も将来的に機械化となるでしょう。

つまり世界をリードするには平均化ではダメで、何か卓越した才能を持たなければいけない、これこそが日本を発展させる道と思います。

野球界においてもスーパースターの松井・イチローがいるからこそ大リーグに関心がいくのであって、そのチームのメンバーがいくら平均的に優秀であっても何の関心はもたないでしょう。ある人の卓越した能力こそがチームへの関心を集めているわけなのですから。

ですから、今の平均化教育の状態であれば学校に行くほど子供たちの才能は抑えられ、将来がつまらないようにさせられているように思います。

販売プロフェッショナル。

2007.09.14

少し前になるがTV番組(「ガイアの夜明け」だったと思う)を見ていたら「販売プロフェッショナルの派遣」というテーマの番組が放送されていた。テーマのとおり派遣者の任務は派遣先の売上アップ。それ以外の事は求められていない。

派遣されるプロの彼ら(または彼女ら)は会社に所属している人もいれば、人材派遣会社からの派遣スタッフという位置づけの人もいた。番組を見ながらどちらのタイプにおいても企業に所属していながら、むしろフリーの立場を感じさせるものであった。

そのように感じたのは、彼らの職場(日々業務を行う場所)が一定していないためであろう。ある時は1週間、ある時はイベントのみ、時にはお店の立ち上げのみといった具合に働く場所がその時によってちがう。

これを見ながら感じたのは『フリー』という言葉の概念。

今まで『フリー』という言葉はどちらかというとマイナスのイメージがあったような気がする。和を大事にし集団行動をとりがちな日本人にとってはフリーの状態はその本人が作り出すものでなく、周りが作りだした阻害感あるものとして認識されがちであったためであろう。

だからフリーといった立場を持った人には何か寂しさを感じる。
(ただし、フリーでも職業上組織に入らないで自分の能力で生きていく職業(弁護士、俳優、など)は除くことにする)

しかし、そのTV番組に出てきた販売プロフェッショナルたちは行動はフリー的であるが、派遣された場所で行う任務には対しては、『売上げ○○万円を成し遂げなければならない。』といった厳しい使命を責負っているのである。そして、彼らはそれを駆使しながらも成し遂げていく。

つまり、そこにはフリー(自由)というよりも責任が前面に押し出されている。

自分の能力に相手が期待している。自分はその期待に応じなければならない。そのため自分の能力をしっかりと示すことが出来るものだけがフリーといった立場になれる、いわゆるスポーツ界のFA制度が一般ビジネス界にも起きてきたことを意味していた。

もはやフリーといった言葉は職業の概念を示すものでなく、『フリー』とはプロフェッショナルに重なる部分が多くなってきているようだ。

このページの先頭へ